「北鎌フランス語講座 - 文法編」と連動し、短い例文を使って徹底的に文法を説明し、構文把握力・読解力の向上を目指します。

接続法を使った表現の文法解説

接続法を使った表現

このページでは、接続法を使った表現を集めてみます。

「接続法とは何か」については、文法編の「条件法・接続法」のページを参照してください。


文頭の Que + 接続法による名詞節: 「...するということ」

【項目の説明】
文頭に Que がきて、動詞が接続法になっている場合は、おおむね次の 3 つの可能性があります。
  (1) 名詞節「...するということ」
  (2) 独立節「...されんことを」
  (3) 副詞節 que... A ou B「A であろうと B であろうと」
最後の(3)は文頭にくるとは限りませんが、文頭にくることもあります。

例文
Que toute la poésie européenne soit issue de la poésie des troubadours au XIIe siècle, c'est ce dont personne ne saurait plus douter.

【例文の説明】
「tout (すべての)」を単数形で使うと、ある一つの物を取り上げて、それ「全体」という意味になります。「toute la poésie européenne」で「ヨーロッパの詩全体」。
「soit」は être の接続法現在(3人称単数)。
「issue」は「出口」という意味の女性名詞もありますが、ここでは形容詞「issu」に(主語の「la poésie (詩)」に合わせて)女性単数の e がついた形。「issu」は de と一緒に使う形容詞で、「issu de ~」で「~から生まれている、~から派生している」という意味。
troubadourトゥルバドゥール)」は、中世12世紀前後に南仏を中心に放浪しながら、楽器による伴奏をつけて詩を歌った吟遊詩人のこと。
「au ~ siècle」は副詞的(~世紀に)にも、形容詞的(~世紀の)にもなります。「~世紀」という時はローマ数字の右上に e をつけて序数にします。ここは「au douzième siècle」と同じで「12 世紀の」。
ここまでで、「ヨーロッパの詩全体が12世紀のトゥルバドゥールの詩から生まれているということ」となります。

ここまで全体(Que... siècle)を、コンマの後ろの指示代名詞「c’」が受けています。
この文の主節はコンマの後ろ(c'est... douter)であり、「Que... siècle」全体は文頭に「遊離」しているわけです。
関係代名詞 dont の先行詞は、dont の直前の ce です。 ce は先行詞になると「...なこと」「...なもの」という意味になります。 dont の前から文末(douter の後ろ)までがカッコに入ります(関係詞節となります)。
なぜここで関係代名詞 dont が使われているかというと、関係詞節内の動詞「douter」が de と一緒に使う間接他動詞で、douter de の後ろにくるものが先行詞になっているからです。「douter de ~」で「~を疑う」という意味。
「personne ne... plus」は「personne ne... (誰も... ない)」と「ne... plus (もはや... ない)」が重なった形。
「saurait」は savoir の条件法現在(3人称単数)。 savoir は条件法にして否定の ne をつけると、後ろに不定詞がきて「~できないだろう」という意味になります(辞書の savoir を引くと載っています)。この場合、 ne だけで否定(ne の単独使用)になる場合が多いのですが、ここでは pas の代わりとなる plus があるので、「ne の単独使用」とは言えません。

【逐語訳】
「ヨーロッパの詩全体が12世紀のトゥルバドゥールの詩から生まれているということ、これはもはや誰も疑うことができないであろうことだ」

【出典】
Denis de Rougemont(ドニ・ド・ルージュモン), L'amour et l'occident (邦題『愛について』)

que... A ou B 「AであろうとBであろうと」

【項目の説明】
「que... A ou B」で動詞を接続法にすると「AであろうとBであろうと」という意味になります。 que は接続詞。 que 以下が従属節(副詞節)になります。

例文
Un été est toujours « exceptionnel », qu'il soit chaud ou froid, sec ou humide.

【例文の説明】
「été」は être の過去分詞と同じ形ですが、ここでは前に冠詞がついているのでわかるように男性名詞で「夏」。「toujours」は副詞で「つねに」(ここでは「毎年」という感じ)。「exceptionnel」は形容詞で「例外的な」(ここでは「異常な」という感じ)。
« » はギユメと呼ばれる引用符で、人の言う言葉を引用する時に使います。
「soit」は être の接続法現在(3人称単数)。その後ろは 4 つ形容詞が並び、「chaud」は「熱い・暑い」、「froid」は「冷たい・寒い」、「sec」は「乾燥した・雨が少ない」、「humide」は「湿度が高い・雨が多い」。

【逐語訳】
「暑かろうが寒かろうが、雨が少なかろうが多かろうが、夏はつねに『異常』だ」

【文意】
少しでも暑ければ「猛暑」だ、寒ければ「冷夏」だ、降雨量が少なくても多くても「記録的」だと騒ぎ立て、みな毎年のように「今年の夏は異常だ」と言っている、という意味(かなり皮肉が効いています)。

【出典】
ギュスターヴ・フローベル『紋切型辞典』(19世紀フランスで、当時世間でよく言われていた紋切型のフレーズを集めた辞典)

soit A soit B 「AにせよBにせよ」「AまたはB」

【項目の説明】
「soit A soit B」で「A にせよ B にせよ」「A または B」という意味になります。少しフランス語ができる人は、 soit を不定形の être に戻して辞書を引いてしまうと思いますが、辞書の être の項目には載っていません。完全に接続詞になっているため、このままの soit の項目に載っています。

例文
Notre langue est si bizarre qu'elle nous réduit soit à faire une faute, soit à chercher des tours, pour éviter les conséquences hideuses de l'application des règles. Imparfait du subjonctif.

【例文の説明】
「Notre (私達の)」は所有形容詞。「langue」は各国語を意味する女性名詞。ここでは「Notre langue」で「le français (フランス語)」を指します。「bizarre (奇妙な)」は形容詞。これを挟んだ「si ~ que...」は、

  que の後ろが直説法の場合→「とても~なので...」(英語の so ~ that... と同様)
  que の後ろが接続法の場合→「...がどれほど(いかに)~〔形容詞〕であろうとも

という意味になります。ここでは que の後ろの動詞「réduit」が直説法なので、「とても~なので...」。
ここまでで、「私達の言葉(フランス語)はとても奇妙なため...」となります。

「elle」は「Notre langue」を指します。「réduit」は réduire の直説法現在(3人称単数)で、次のような使い方をします。

  réduire A à B 「A を B に還元する、A を B へと追いやる(A を B させる)」

ここでは、「A を B するように無理強いする(余儀なくさせる、〔不本意ながら〕させる)」
くらいの意味です。
この使い方の A に相当する部分が代名詞「nous」になって前に出ており、 B が「faire une faute (間違いをする)」と「chercher des tours (言い廻しを探す)」に相当します。「à」が 2 つあり、項目の「soit ~ soit ~」によって並列になっています。
「faire」は他動詞で「する」。「faute」は「間違い」。「chercher」は他動詞で「探す」。「tour」は「回転、一周、(回ってくるから)順番」などの意味がありますが、ここでは「言い廻し」。色々な言い廻しが可能であるため、不定冠詞の複数 des がついています。
この部分は、「私達に間違いをさせるか、または(他の)言い廻しを探させる」となります。

「pour ~」は後ろに不定詞がくると「~するために」。「éviter」は他動詞で「避ける」。「conséquence (結果)」は女性名詞で複数形なので、その後ろの形容詞は「hideux (醜い)」の女性複数の形「hideuses」(末尾 x が s に変わって es がつく)となっています。「application (適用)」と「règle (規則)」はともに女性名詞。
「pour... règles」の部分は、「規則の適用の醜い結果を避けるために」となります。

この「規則の適用(l'application des règles)」が具体的に何を指すのかは、ここまで読んだだけではわかりません。「des」は de と les の縮約形で、「règles (規則)」に定冠詞の複数 les がついているため、フランス語のさまざまな文法規則全体を総称しているのだろうということはわかります。しかし具体的には、次の言葉(「Imparfait du subjonctif」)を読んで、ああなるほど、とわかる仕掛けになっています。
「Imparfait」は文法用語で「半過去」(もとは「不完全」「未完了」の意味)。「subjonctif」は「接続法」。「imparfait du subjonctif」で「接続法半過去」です。

【逐語訳】
「私達の言葉(フランス語)はとても奇妙なため、私達に間違いをさせるか、または規則の適用の醜い結果を避けるために(他の)言い廻しを探させる。接続法半過去。」

【文意】
たしかにフランス人でも接続法半過去(imparfait du subjonctif)の活用を正しく言えず、間違える(faire une faute)人も少なくありません。正しく言える人でも、接続法半過去というのは(3人称単数はよく使うから別として、それ以外は)耳慣れない、なんだかフランス語ではないような、ある意味「醜い」響きになるため、ついつい接続法を使わないで済むような言い廻しを探してしまう(chercher des tours)ことがあります。「規則(règle)に従っただけなのに、醜い結果(conséquences hideuses)になってしまうという、何とも奇妙な(bizarre)言葉だ、フランス語(notre langue)というのは」というのがこの文の意味です。

【出典】
ポール・ヴァレリーPaul Valéry

quoi qu'il en soit 「いずれにせよ」

【項目の説明】
「quoi qu'il en soit」は「いずれにせよ、ともかく」という意味の熟語で、議論をする場合や論理的な文章でよく使われます。辞書で quoi を引くと、熟語欄に記載されています。
なぜこの意味になるのか、説明できるところまで説明してみましょう。

接続法による譲歩の熟語表現の一つに、「quoi que S + V (何を...しようとも)という表現があります。que の後ろの動詞(V)は接続法になります。普通はこの動詞は他動詞で、「quoi」がその直接目的(OD)になりますが、その変形として、動詞が être で quoi が属詞となる

  quoi que ce soit (それが何であれ)

という表現があります。「soit」は être の接続法現在(3人称単数)です。
ここで取り上げる「quoi qu'il en soit」も、que の後ろの動詞は être で、quoi が属詞となっています。

「quoi qu'il en soit」の「il」は、前に出てきた男性名詞を指すわけではなく、また仮主語でもなく、漠然と文脈全体を指すような言葉です。通常は、漠然と文脈全体を指す場合には指示代名詞 cela (または ce )を使用し、 il を使うことはありませんが、熟語表現では il が漠然と文脈全体を指すことがあります

「quoi qu'il en soit」の「en」は、フランス語で 3 種類ある en のうち、動詞の直前にあるので中性代名詞の en です。「de + 物」に代わる en のうち、「de + 前の文脈全体」に代わる en で、「それについては」という意味です。

あえて逐語訳すると、「(それが)それについてはどうであれ」という感じですが、漠然と文脈全体を指す il は訳さないほうが自然でしょう。

例文
Quoi qu'il en soit, c'est sur un autre point que nous voulons insister.

【例文の説明】
「Quoi qu'il en soit (いずれにせよ)」が従属節で、主節はコンマ以下全部。
「c'est ~ que...」で強調構文です。強調構文ではない普通の文に直すと、次のようになります。

  Nous voulons insister sur un autre point.

「voulons」は vouloir (~したい)の現在(1人称複数)。「insister」は「強調する」ですが、前置詞 sur とセットで「insister sur ~ (~について強調する)」。
「autre」は「他の」。「point」は「点」。
つなげると、「私達は他の点について強調したい」となります。

この「sur un autre point (他の点について)」という部分を強調したい場合、もとの文の主語以外の要素を強調するには「c'est ~ que...」を使うので、元の例文のようになります。
強調構文の訳し方は基本的に 2 通り可能ですが、ここは「...なのは~である」と(後ろから前に掛けて)訳したほうが、収まりがいいようです。

【逐語訳】
「いずれにせよ、私達が強調したいのは、他の点についてである」

【出典】
Claude Lévi-Strauss, Le cru et le cuit

si ~ que S + V 「どれほど(いかに)~であろう(しよう)とも」

【項目の説明】
接続法を使った「si ~ que S + V 」という表現については、詳しくは「文法編」の「接続法による譲歩の熟語表現」のページで説明しています。
この表現では、 que の後ろの動詞が être で、主語が代名詞以外の場合は、主語と動詞が倒置されやすくなるので、注意してください。これは、接続詞 que の後ろでは潜在的に倒置になりやすいのに加え、動詞(ここでは être の接続法)に比べて主語が長くなる場合が多いためです。
次の例文でも、 que の後ろが倒置になっています。

例文
Si grave et si urgente que soit la pénurie économique dont souffre l'Afrique du Nord, elle n'explique pas, à elle seule, la crise politique algérienne.

【例文の説明】
文全体で見ると、文頭から「l'Afrique du Nord」までが従属節、それ以降、文末までが主節です。まず従属節から見ていきましょう。
「grave (重大な、深刻な)」と「urgente (緊急の、急を要する)」はどちらも形容詞で、「et」を挟んで並列になっています。「grave」はもともと e で終わる単語ですが、urgente は男性形「urgent」に女性単数の e がついています(理由は後述)。
「soit」は être の接続法現在(3人称単数)。「pénurie」は「(食料・物資の)不足」という意味ですが、ここでは「困窮」と訳してみます。「économique」は形容詞で「経済的な」。
ここまでの部分は次の文がベースになっています。

  La pénurie économique est grave et urgente. (経済的な困窮は深刻で急を要する)

これは文の要素に分けると、「La pénurie économique」が主語(S)、「est」が動詞(V)、「grave et urgente」が属詞(C)の第2文型で、属詞的用法の場合は主語に一致するために、主語の名詞「pénurie」に合わせて、「urgent」に e がついているわけです。

その後ろの「dont」は関係代名詞(詳しくは後述)。
「souffre」は不規則動詞 souffrir (苦しむ)の現在(3人称単数)。ちなみに f が 1 つ少ない男性名詞「soufre (硫黄)」は関係ありません。
「Afrique」は女性名詞で「アフリカ」。「l’Afrique du Nord」で「北アフリカ」です。
国名(または国名に準じる言葉)の後ろに「du Nord」をつけると、「北~」という意味になります。例えば、

  L'Amérique du Nord (北アメリカ)
  La Corée du Nord (北朝鮮)

関係代名詞「dont」が出てきましたので、従属節(文頭から「l'Afrique du Nord」まで)を対象に、この文を「文法編」のやり方で「dont」を使わないで2つに分けてみましょう

Si grave et si urgente que soit la pénurie économique dont souffre l'Afrique du Nord

  • a) 関係詞節(=カッコに入れた部分)を除いたものが、1 つめの文になる。

    カッコに入る(関係詞節となる)のは、「dont souffre l'Afrique du Nord」ですので、これを除くと、
      Si grave et si urgente que soit la pénurie économique
      (経済的な困窮がどれほど深刻でどれほど急を要するものであろうとも)
    これが 1 つめの文になります。次に、

  • b) 2 つめの文を導き出すには、まず先行詞と関係詞節だけを取り出す。

      la pénurie économique dont souffre l'Afrique du Nord

    となります。
    さて、この dont の後ろでは主語と動詞が倒置になっています。これは、関係代名詞の後ろでは、潜在的に倒置になりやすいのに加え、動詞に比べて主語が長いために倒置になっています。
    通常の語順にすると、

      la pénurie économique dont l'Afrique du Nord souffre

    となります。以下は、この語順にして見ていきます。

  • c) dont を消し、代わりに先行詞の前に de をつける。

      de la pénurie économique   l'Afrique du Nord souffre

    という 2 つのグループに分かれます。

  • d) 「de + 先行詞」を、後ろの部分のどこかに組み込むと 2 つめの文になる
      (どこに組み込むかは文脈で判断する)。

    この文の場合、動詞「souffre」の不定形 souffrir は、

      souffrir de ~ (~で苦しむ)

    という使い方をする間接他動詞です。そのため、「de + 先行詞」つまり「de la pénurie économique」は「souffre」の後ろに入れて、

      L'Afrique du Nord souffre de la pénurie économique.
         (北アフリカは経済的な困窮で苦しんでいる)

    となります。これが 2 つめの文です。

以上で、次のように 2 つの文に分けられました。

  Si grave et si urgente que soit la pénurie économique
  L'Afrique du Nord souffre de la pénurie économique.

それでは逆に、この 2 つの文を出発点に、関係代名詞を使って 1 つの文にまとめるにはどうするか、という視点で見てみましょう。
2 つめの文の la pénurie économique は 1 つめの文と重複しているから、これを「代名詞」に置き換えましょう、そして 2 つの文は短いから、ついでに 1 つの文に「関係」づけて(結びつけて)しまいましょう。それではどの「関係代名詞」を使うかというと、代名詞に置き換えたい la pénurie économique の前には、前置詞 de がついています。
「文法編」の関係代名詞の使い分けの表 によると、「2 つの文に分けたとき、先行詞の前に前置詞が de がつく」場合は dont を使います。
そうしたら、重複している言葉(la pénurie économique)のうち、1 つめの文の中の言葉を「先行詞」にします。そして、dont を先行詞の直後に置き、2 つめの文の中の「de + 重複している言葉(la pénurie économique)」以外の部分(つまり「L'Afrique du Nord souffre」)を dont の直後に持ってきます。すると、もとの文、

 Si grave et si urgente que soit la pénurie économique dont l'Afrique du Nord souffre
 (北アフリカが苦しんでいる経済的な困窮がどれほど深刻でどれほど急を要するものであろうとも)

になります。さらに、dont の後ろで倒置になっているわけです。

次に、主節の

  elle n'explique pas, à elle seule, la crise politique algérienne

に移ります。主語の「elle」は「la pénurie économique dont souffre l'Afrique du Nord (北アフリカが苦しんでいる経済的な困窮)」を指します。
動詞の「explique」は規則動詞で他動詞の expliquer (説明する)の現在(3人称単数)。
次の 2 つのコンマの間はカッコに入れておき、後回しにします。
「crise」は「危機」で女性名詞。「politique」は形容詞で「政治的な」。
「algérienne」は女性名詞 Algérie (アルジェリア)の形容詞 algérien (アルジェリアの)の女性単数の形( n がダブって e がついています)。
「la crise politique algérienne」で「アルジェリアの政治的な危機」となります。

さきほどカッコに入れた 2 つのコンマの間の「à elle seule」について見ると、 elle は前置詞の後ろなので強勢形です。辞書を引く時は elle を男性単数の lui に直し、さらに形容詞「seule」も女性単数の e を省いて男性単数の「seul」という形にして引きます。
辞書の「seul」の項目には、次のような熟語が記載されているはずです。

  à lui seul 「それだけで(は)」

以上で、主節だけ逐語訳すると、「それ(=北アフリカが苦しんでいる経済的な困窮)は、それだけではアルジェリアの政治的な危機を説明しない」となります。「説明しない」というのは「説明することはできない」と訳してもよいでしょう。

【逐語訳】
「北アフリカが苦しんでいる経済的な困窮がどれほど深刻でどれほど急を要するものであろうとも、それだけではアルジェリアの政治的な危機を説明することはできない」

【出典】
A. Camus, Chroniques algériennesアルペール・カミュ『アルジェリア通信』)

pourvu que... 「...な限りは」

【項目の説明】
pourvu」は、 pour を省くと vu になり、 vu が voir (見る)の過去分詞なので想像がつくように、もともと他動詞 pourvoir の過去分詞です。 この動詞は基本的に、

  pourvoir A de B (A に B を与える、A に B を備える)

という使い方をする、第 5 文型をとる動詞です。
辞書の例文を見ればわかるように、例えば A に「人」、B に「お金」がきて「人にお金を与える」となったり、A に「部屋」、B に「家具」がきて「部屋に家具を備える」という使い方をします。つまり「donner B à A」と同じ意味になります。
「A に B を供給する」と言うこともできます。英語の provide A with B と語源が同じで、意味・使い方もほとんど同じです。
この pourvoir の過去分詞が pourvu なので、もともとは「que 以下のことが与えられる(供給される)なら」という、「仮定」の意味の分詞構文だったと思われます。英語でも、「provided that...」で「pourvu que...」と同じ意味になります。

辞書では「pourvu」は形容詞化されていると見なして、「pourvu」という独立した項目が立てられており、その熟語欄などに、この「pourvu que + 接続法」が記載されています。
「...である限りは」「...であるなら」という意味ですが、要するに「もし」という意味の接続詞 si に置き換え可能です。

「pourvu que」の後ろの動詞は自動的に接続法になります。これは「文法編」の「接続法の用法」の「2. 副詞節で」に該当します。

例文
Un homme peut tromper une femme par un feint attachement, pourvu qu'il n'en ait pas ailleurs un véritable.

【例文の説明】
「homme」は「男」「人」の両方の意味がありますが、ここでは「男」。「peut」は pouvoir (~できる)の現在(3人称単数)。「tromper」は他動詞で「だます」。「femme」は「女」。「par (~によって)」は前置詞。
「feint」は形容詞で「見せかけの」。通常は名詞の後ろに置きますが、ここでは名詞の前に置いています。ちなみに英語に入ると、同じ綴りの名詞で「フェイント」となります(フランス語でもこの意味にも使います)。
「attachement」は男性名詞で「愛着」。英語に入ると e が一つ取れて attachment となります。
このコンマのところまでが主節で、「男は見せかけの愛着によって女をだますことができる」となり、これだけでも文は成立します。

「pourvu que」の後ろを見ると、「il (彼)」は「Un homme (男)」を指し、否定の ne... pas で挟まれた中の「ait」は avoir (持っている)の接続法現在(3人称単数)。「pourvu que」の後ろなので接続法です。
その前にある「en」は、フランス語で 3 種類ある en のうち、動詞の直前にあるので中性代名詞の en です。
中性代名詞の en は大きく分けて 2 種類ありますが、ここでは、「de + 物」に代わる en ではなく、副詞「ailleurs (よそに)」の後ろに「véritable (本当の)」という形容詞が(少し不自然に)残っているので見分けがつくように、「不特定の同類の名詞を指す en 」のうちの「後ろに un(e) autre や aucun(e) などの(冠詞+)形容詞が残る場合」に相当します。 en を使わないで書き換えると、次のようになります。

  pourvu qu'il n'ait pas ailleurs un véritable attachement
      (彼がよそに本当の愛着を持っていない限りは)

この「attachement」が en に置き換わって動詞の直前に移動したわけです。
「un」は男性単数の形なので、「véritable」の後ろに「femme」(女性名詞)があったと取ることはできません。

「ailleurs (よそに、ほかのところに)」というのは、「その女性以外のところに」、つまり「他の女性に対して」ということでしょう。

【逐語訳】
「よそに本当の愛着を持っていない(=他に本当に愛する女がいない)限りは、男は見せかけの愛着によって女をだますことができる」

【出典】
La Bruyère(ラ・ブリュイエール), Les Caractères (『人さまざま』) (17世紀後半の格言集)

Il semble que... 「...のように思われる」

【項目の説明】
「semble」は sembler (思われる)〔英語 seem〕の直説法現在(3人称単数)。
sembler は「物」が主語になりやすい動詞で、特に非人称の Il が主語になることが多く、「Il semble que...」は Il est ~ que... と同様、「Il」が仮主語で、意味上の主語は「que...」です。英語の It seems that... に相当します。
「que」の後ろの動詞は、直説法にすることも可能ですが、接続法にすることのほうが多いでしょう。

もともと、接続法は事実か事実に反するかは別として、頭の中でイメージして述べる時に使用しますが、「Il semble que...」の「...」の部分が接続法になるのは、「...」が事実だと断言できるわけではなく、かといって非事実なわけでもなく、事実か非事実かの判断を保留しながら述べるからだと思われます。

「誰に(とって)」そのように思われるのかを明示する場合は、動詞の直前に代名詞の間接目的を置き、例えば次のように言います。

  Il me semble que... (私には... のように思われる)

この「que」の後ろの動詞は、接続法にすることも可能ですが、直説法にすることのほうが多いでしょう。さきほどと逆です。つまり、

  「Il semble que... (...のように思われる)」の後ろは接続法
  「Il me semble que... (私には...のように思われる)」の後ろは直説法

になりやすい傾向があるといえます。
なお、辞書には条件法も可能なように書いてある場合がありますが、これは特に条件法で表現したい場合には条件法を使うことも可能という意味であり、Il (me) semble que の後ろだから条件法になるという決まりはまったくないので、無視してください。

例文
Il semble que la nature ait prescrit à chaque homme dès sa naissance des bornes pour les vertus et pour les vices.

【例文の説明】
「nature」は女性名詞で「自然」。
「ait」は助動詞 avoir の接続法現在(3人称単数)。
「prescrit」は prescrire (命じる、定める、処方する)の過去分詞。
「助動詞の接続法現在 + p.p.」で「接続法過去」になります。これは、主節が現在で、主節よりも過去のことを言っているからです。
「Il semble que」を省くと、次のようになります。

  La nature a prescrit...

ここでは、このように複合過去がベースにあると考えるのが意味的に自然です。

さて、prescrire は他動詞なので、直接目的はどれか、探しながら後ろを読むことになります。
前置詞「à ~」は「~に、~に対して」。「chaque」は「各々の」〔英語 each〕。「homme」は「人」。
前置詞「dès ~」は「~から、~以来」。「naissance」は女性名詞で「誕生」。
その前の「sa (彼の、彼女の、その)」は「homme」を指します。つまり「dès sa naissance」で「その人の誕生以来」「(その人が)生まれた時から」となります。
ここまでは、「chaque homme (各人)」の前にも、「sa naissance (その人の誕生)」の前にも前置詞がついているので、prescrire の直接目的になりうるものが存在しません(直接目的とは、「動詞の目的語となっていて、前に前置詞がついていない」言葉のことです)。
次の「des」は、もし前置詞 de と定冠詞 les の縮約形だとすると、これもまた前置詞がついて直接目的になりえなくなってしまうので、ここは不定冠詞の複数の des と取る必要があります。
「borne」は女性名詞で「境界線、(複数で)限度」。
「vertu」は女性名詞で「徳」。「vice」は男性名詞で「悪徳」。

【逐語訳】
「自然は、徳と悪徳のための限度を、生まれた時から各人に対して定めているように思われる」

【文意】
人にはあらかじめ定められた器のようなものがあって、本人がどう頑張っても、それ以上良く(あるいは悪く)はなれないような限界が生まれつき各人に備わっているような気がする、という意味でしょう。
「自然」というのは、自然の摂理のような意味で、「神」と言い換えても大して意味は変わらないと思いますが、「神」よりも宗教色が薄く、むしろ日本語の「天」に近いかもしれません。

【出典】
La Rochefoucauldラ・ロシュフーコー), Maximes (1665)

Vive ~ ! 「~万歳!」

辞書で「vive」そのままの形で引くと、「万歳」という意味で載っています。例えば、

  Vive le roi ! (王様万歳!)

などと使います。イタリア語の「viva (ビバ)」と同じです。
しかし、なぜこの意味になるのか、以下に説明します。

もともと、「vive」は vivre (生きる)の接続法現在(3人称単数)です。
普通は接続法は接続詞(que など)の後ろで使いますが、ここには接続詞がないので、「Que + 接続法」で「...しますように」という意味の独立節文頭の Que を省いて倒置になった形だと考えることができます。
倒置にしなければ、「Vive le roi ! 」は次のようになります。

  Que le roi vive ! (王様が生きますように!)

ちなみに、昔、フランスの王が死んで次の王が即位する時は、儀式として次のような言葉が叫ばれました。

  Le roi est mort, vive le roi !

逐語訳すると、「(古い)王は死んだ、(新しい)王よ、生きよ!」という意味です。

このように、「Vive le roi ! 」は元は逐語訳すると「王様が生きますように!」という意味ですが、これがいわば熟語化して「王様万歳!」の意味にななったわけです。

日本語の「万歳」も、「一万年生きますように」という君主に対する長寿を願う表現に由来するようです。

さて、vivre (生きる)は自動詞なので、「vive le roi」は文型で言うと S + V の第 1 文型です。正確には、その倒置の V + S です。

主語が複数形になれば、本来なら動詞が vivre の接続法現在 3人称複数の vivent になるはずです。例えば「バカンス」(夏休み)は複数形で使う単語なので、「バカンス万歳!」は次のようになるはずです。

  Vivent les vacances ! (バカンス万歳!)

しかし、「Vive」は熟語表現と意識されているため、むしろ vive のままにすることのほうが多く、単数形にして

  Vive les vacances ! (バカンス万歳!)

のほうが多用されます。

例文
Vive la République ! Vive la France !

【訳】
「共和国万歳! フランス万歳!」

【出典】
よく使われる表現ですが、例えばニコラ・サルコジ大統領の 2007 年 5 月 16 日の就任演説(Wikisource で閲覧可能)でも、演説を締めくくる最後の言葉として採用されています。演説の内容がつまらなくても、この言葉を最後に持ってくると、思わず拍手してしまうという効果があります。

Il n'est pas de ~ qui ne...「...ないような~は存在しない」

【項目の説明】
これは一種の二重否定で、裏を返せば、「~はみな...だ」と同じ意味です。
文頭の Il は「後出の名詞を指す仮主語の il」で、Il est ~ は Il y a ~ と同じ意味になる ため、「Il n'est pas de ~」は「Il n'y a pas de ~」と同じ意味になります。

「Il n'y a pas de ~」の「de」は冠詞の de で、否定文では直接目的語には de がつくことによるものです。「Il y a ~」は第 3 文型で「~」の部分が直接目的(OD)になります。
「Il n'est pas de ~」の「de」も同じ冠詞の de ですが、こちらは「非人称の il 」を使った否定文では、原則として「意味上の主語」には冠詞の de がつくことによるものです。

de の後ろの「~」の部分は、関係代名詞「qui」の先行詞になります。
その後ろの「ne」は「ne の単独使用」で、 ne だけで否定を表します。これは、主節が否定文の場合は、関係詞節内では ne だけで否定になるからです(辞書で「ne」を引くと載っています)。
さらに、その後ろの「...」の部分の動詞は必ず接続法にします。これは、主節が否定文・疑問文の場合は、関係詞節内の動詞は接続法になるという決まりがあるためです。

例文
Il n'est pas de religion qui ne soit une cosmologie en même temps qu'une spéculation sur le divin.

【例文の説明】
「religion」は女性名詞で「宗教」。「soit」は être の接続法現在(3人称単数)。「cosmologie」は「宇宙論」で女性名詞。 -logie で終わる単語は「~学」「~論」という意味で、女性名詞です。
「en même temps que ~」は「~と同時に」という意味の熟語(逐語訳では「~と同じ時に」)。
「spéculation」は「思索」または「〔金融・株式関係で〕投機」。もともと、
  spéculer sur ~ (~について思索する、~について投機を行う)
という使い方をする動詞から派生した名詞なので、
  spéculation sur ~ (~についての思索、~についての投機)
というように、前置詞 sur とセットで使うことの多い言葉です。

「divin」は、もともと「神の」という形容詞ですが、 le + 形容詞で名詞化されて「~なこと」「~なもの」という意味になり、抽象概念を表すため、ここでも「神的なもの」「神に関すること」という感じです。辞書によっては、名詞で「神」と書いてあるものもありますが、「le Dieu」(英語の the God)とは異なるため、「神」という訳は、いわば意訳です。同じ意訳するなら、ここでは「神の存在」ぐらいが適当かもしれません。

【逐語訳】
「神に関すること(→神の存在)についての思索であると同時に、一つの宇宙論でないような宗教は存在しない」

なお、上の「項目の説明」で述べたように、この「...でないような~は存在しない」という表現は「~はみな...だ」と同じ意味になるため、この文は次のように書き換えることができます。
  Toute religion est une cosmologie en même temps qu'une spéculation sur le divin.
  (どの宗教も、神の存在についての思索であると同時に、一つの宇宙論でもある)

tout は単数形・無冠詞にすると、「あらゆる~」「どの~も」という意味になります。

【出典】
Émile Durkheim , Les formes élémentaires de la vie religieuse (1912)
(エミール・デュルケム『宗教生活の原初形態』)
これはオーストラリア原住民のトーテミズムについて書かれた先駆的な本で、宗教学・文化人類学・社会学では有名です。 1 才年下のアンリ・ベルクソンと同様、乱れのない「美しい」完成されたフランス語で書かれています。

Il n'y a que ~ qui...「...するのは~しかない (~だけだ)」

『ロワイヤル仏和中辞典』で avoir を引くと、末尾近くの Il y a の熟語欄の Il n'y a que の 2 番目の意味に、次のように記載されています。

  Il n'y a que ~ qui... (...するのは~しかない)

これは熟語表現ですが、文法的に分解すると、以下のようになるでしょう。

まず、Il y a ~ (~がある、存在する)ne ... que ~ (~しか... ない、~のみ...)が組み合わさった、

  Il n'y a que ~ (~しか存在しない、~のみ存在する)

という表現が使われています。

その後ろの qui は関係代名詞で、qui の後ろの動詞は接続法になります。これは、主節が否定文の場合は、関係詞節内の動詞は接続法になるという決まりがあるためです。

さて、qui の先行詞は何でしょうか。一見すると直前の「~」のように見えます。
しかしそうすると、この表現は逐語訳すると、「...な~しか存在しない」「...な~のみ存在する」となってしまいます。下記の例文でいうと、
  「重要な結果しか存在しない」「重要な結果のみ存在する」
となって、意味が変になってしまいます。

ここで『新フランス文法事典』の旧版を見てみると、これは次の表現と同じ意味だと記載されています。新版 p.253 付近には載っていないので、旧版 p. 227 を参照しました(2012/3/13 付記)。

  Il n'y a rien qui... que ~ (~以外に ...なものは何もない)

この表現を順に説明すると、まず Il y a ~ (~がある)ne ... rien (何も ...ない)が組み合わさった、

  Il n'y a rien (何もない)

が使われています。
この rien が先行詞となって、関係代名詞 qui 以下が掛かっています。
その後ろの que は、例えば『ロワイヤル仏和中辞典』で que を引くと、接続詞の que の「ne ... que ~ (~しかない)」の近くに、「(personne, rien, aucun などとともに) ...以外には誰〔何〕もない」と記載されている項目に該当します。
つまり que は「~以外には」という意味です。
ちなみに、ne ... que ~ (~しか... ない) も、もともと「~以外には ...ない」という意味です。

~以外に ...なものは何もない」というのは、裏を返せば「...なのは~だけだ」という意味です。
とすると、これは C'est ~ qui... という強調構文とほぼ同じ意味になります。
そのため、例えば下記の例文は、次のように言い換え可能です。

  C'est le résultat qui compte.
    (重要なのは結果だ、結果こそが重要だ)

本項目の Il n'y a que ~ qui... という熟語表現も、意味的には一種の強調構文のように意識されていると思われます。
もちろん、本来は強調構文は基本的には C'est ~ qui... と C'est ~ que... の 2 種類しか存在しないので、これは熟語表現ゆえの特例です。

ですから、普通の関係代名詞のように「qui の先行詞は何か」と考えるよりも、C'est ~ qui... に準じる強調構文として、「何が強調されているのか」と考えたほうがよいでしょう。

例文
Il n'y a que le résultat qui compte.

【例文の説明】
「résultat」は男性名詞で「結果」。
「compte」は compter の現在(3人称単数)。
compter は他動詞で「数える」などの意味もありますが、ここでは自動詞で「重要である」という意味です(compter は英語の count と語源が同じで、ほぼ同じ意味です)。
第 1 群動詞の場合、接続法現在の 3 人称単数は、直説法現在とまったく同じ形になるので、この compte は形の上からは直説法現在と区別がつきませんが、この表現の後ろなので接続法現在ということになります。

【訳】
「重要なのは結果しかない」「重要なのは結果だけだ」。

「とにかく結果を出せ」という意味で、よく使われる表現です。

⇒ 他の例文 1  ⇒ 他の例文 2  ⇒ 他の例文 3

Bonjour と Bonne journée

Eメールや掲示板などの簡潔なやり取りでよく見かける定型表現に Bonjour(こんにちは)と Bonne journée(良い一日を)があります。
書き出しを
  Bonjour,
で始め、最後を
  Bonne journée.
で終えます。

日常会話でももちろん使えます。
この二つの表現をフランス語の「法」と関連づけ、比較してみたいと思います。

Bonjour は、いうまでもなく bon(良い)と jour(日)を組みあわせてできた言葉で、「良い日」というのが語源。「今日は良い日ですね」という意味だったと想像されます。

日本語の「こんにちは」も「今日(こんにち)は良い日ですね」などの略のようなので、はからずもフランス語と日本語の挨拶の語源は共通していることになります。どちらも、現実に生起している今日という日を前にして、それを「良い日」だと判断・認識・再確認して口に出しているわけです。

つまり、Bonjour というのは、あえていうなら

  • C'est un bon jour.
    (これは)良い日です

と言っているようなものです。
このとき、「法」は直説法を使います。

これに対して、Bonne journée は別れるときの挨拶なので、「(それでは)良い日を(おすごしください)」のような意味です。Eメールでは、Bonne journée よりもう少し丁寧に書く場合は、

  • Je vous souhaite une bonne journée.
    〔逐語訳〕私はあなたに良い一日を願っている

といった定型表現を使うことがよくありますが、Bonne journée はこの定型表現の略だと考えることもできます。
つまり、Bonne journée は一種の祈願文であり、「(あなたのとって)良い日となりますように」という感じなわけです。これが接続法の感じに似ています。

もともと、接続法というのは「事実か事実に反するかは別として、頭の中でイメージして述べる時に使う」というのが根本理念です。つまり、「実際には良い日になるかもしれないし、ならないかもしれないけれども、良い日になるといい」と、良い状態をイメージして口に出しているわけです。
「文法編」の「接続法の用法 4.」の「独立節」を使って Bonne journée をあえて言い換えるなら、

  • Que cette journée soit bonne !
    この一日が良いものでありますように!

となるでしょう。
このとき、「法」は接続法を使います(「soit」は être の接続法現在3人称単数)。

日本語でいうと、Bonne journée は別れる時の「ごきげんよう」という挨拶に似ている感じもします。昔は NHK のラジオのアナウンサーが番組の最後で「それでは皆様、ごきげんよう、さようなら」とよく言っていましたが、最近は、少なくとも標準語ではほとんど耳にする機会がなくなりました。たまに聞くと奥ゆかしい感じがしますが、それにも似て、フランス語でも会話で帰りぎわに Bonne journée と言われると、個人的には品のよい感じを受けます(個人的な感想ですが)。ただし、Eメールや掲示板などではシンプルな結びの文として普通によく使われます。

言いそびれましたが、jour は男性名詞、journée は女性名詞で、どちらも「日」、「一日」という同じ意味。ニュアンスの違いを一言でいうのは困難ですが、個人的な感覚では、あえていうと jour は一日全体をまとめて「点」としてとらえるようなイメージ、journée は持続的な「線」または「面」としてとらえるようなイメージがある気がします。

なお、Bonjour と Bonne journée は昼間に会う/別れる場合や、昼間に文章を送る場合に使用し、夕方~夜には Bonsoir(こんばんは)と Bonne soirée(よい夜を)を使います。

もう一つ、お正月によく使われる挨拶に Bonne année があります。Bonne année は辞書には「あけましておめでとう」「新年おめでとう」という訳があてられていることが多いようですが、これも本来は「(あなたのとって)良い年となりますように」という祈願を込めた表現のはずです。つまり、

  • Je vous souhaite une bonne année.
    〔逐語訳〕私はあなたに良い一年を願っている

の略だと考えることができます(こちらも定型表現としてよく使われます)。
さきほどと同様に「独立節」を使って表現するなら、

  • Que cette année soit bonne !
    この一年が良いものでありますように!

となります(「法」は接続法)。
とすると、Bonne année の本来の意味は「よいお年を!」に近いはずです。

ただし、日本語の「よいお年を!」は「よいお年をお迎えください」の略で、年が明ける前(12月31日まで)に使用するのが慣例となっているのに対し、フランス語の Bonne année ! は年が明けてから(1月1日以降に)使用することが多いので、実際に使われるシーンを考慮して「あけましておめでとう」「新年おめでとう」と辞書には書かれているのでしょう。

しかし、繰り返しますが、本来は Bonne année は「新しい年が良い年でありますように」という祈念を込めた、いわば「接続法的」な表現のはずです。

それでは、Bonne année !

(例文省略)

(2015年1月1日記)

参考:フランスにおける年賀状について







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